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東京地方裁判所 昭和44年(ヨ)2215号 決定 1969年4月24日

申請人 奥野博司

被申請人 ウィギンズ・ティープ(日本)株式会社

主文

一、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二、被申請人は申請人に対し昭和四四年一月二〇日より本案訴訟の第一審判決云渡にいたるまで毎月二五日かぎり金一一万円の割合による金員(賃金につき公租公課など法定の金員を控除のこと)を仮に支払え。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、当事者双方の申立

1  申請の趣旨(申請人の申立)

主文第一項と同旨および「被申請人は申請人に対し昭和四四年一月二〇日より本案判決確定にいたるまで毎月二五日かぎり金一一万円を支払え。」ならびに主文第三項と同旨の裁判。

2  被申請人の申立

「一、申請人の申請を棄却する。二、申請費用は申請人の負担とする。」との裁判。

第二、当裁判所の認定した事実および判断

一、被申請人(以下「会社」ともいう)は肩書地に本社事務所を、大阪に大阪事務所をそれぞれ設置し、紙、機械、化学品(乳糖)パルプなどの輸出入業務を営業内容とする資本金二、〇〇〇万円の株式会社である。原告は昭和四一年五月六日会社に化学品課長として入社し、同四三年六月一日からパルプ課長兼務を命ぜられた。会社が申請人宛の昭和四四年一月二三日到達の内容証明郵便による書面をもつて、従業員就業規則第六一条第三号、第八号、第一三号に該当する事由があることを理由として、同年同月二〇日付をもつて申請人を懲戒解雇する旨の意思表示をした。以上の事実は当事者間に争いがない。

二、疎甲第一、三四、四二、四三号証および疎乙第二号証を総合すると、申請人が中心となつて昭和四三年一二月二三日会社の従業員一三名をもつて個人加盟方式による貿易一般労働組合(以下「組合」という)ウイギンズ・テイープ分会を結成し、その分会長の地位についたこと、翌二四日これを公然化し以後会社に対し諸種の労働条件を向上するよう要求を始めたこと、そして会社と申請人が加盟している組合との間に昭和四三年一二月二四日労働協約が締結され、その内容を「協定書」と題する書面に記載したが、その第三項に「会社は………組合員の身分上の移動変更については労使対等の原則に基づいて事前に協議を行なつた上で実施するものとし、一方的な実施を行なわない。」旨の条項があることが認められる。右第三項の規定は、会社が組合員たる従業員を解雇し、または配置転換をするなど身分上の移動変更を行なう場合には、組合との間で事前に協議を行なうことを要請するいわゆる事前協議約款であると解すべきである。

申請人は、会社が申請人に対し前記解雇の意思表示をするに際して、右労働協約第三項の趣旨に反し、その事前に組合との間で十分な協議を行なわず、該約款に違反したから、右解雇の意思表示は無効であると主張する。

これに対して、被申請人は右労働協約は申請人に対する昭和四三年一二月一九日付解雇後に締結され、その当時申請人は会社の従業員たる地位になかつたものであるため右労働協約第三項の規定の適用があるべきはずはないと抗争するので、まずこれについて検討する。会社が昭和四三年一二月一九日付をもつて申請人を解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、疎甲第三、四号証によると、右解雇が会社の従業員就業規則に定めるところにより懲戒解雇処分としてされたものであることが認められる。しかして、疎甲第五号証、第六号証の一、二、第二六号証、第三八号証の四、五、第四五、第四六、第四八号証および疎乙第二、第三、第二四、第三九、第四〇、第四二号証を総合すると、会社と組合とは申請人の右解雇問題に関して団体交渉をもち種々折衝を重ねた結果、昭和四四年一月一〇日の団体交渉において、(イ)会社側としては申請人に対する右解雇の通告を撤回することに異議がない。(ロ)ただし会社の取締役であつて実権をもつ在ロンドンのスピンクに右の点について報告をしていないので、翌一一日正午までに国際電話で説明し説得する。(ハ)申請人に対する右解雇の通告を翌一一日正午より三〇分間行なわれる団体交渉の席上で正式に撤回する、との合意が成立し、ついで翌一一日に行なわれた団体交渉の席上で正式に会社より組合および申請人に対して、「申請人に対する前示解雇通告を撤回する」旨の意思表示があり、かつ、これを確認する書面が作成されたこと、それ以後申請人は解雇の意思表示を受けた前とほぼ同様な状態で商業通信文に署名したりなどして執務したことが認められる。右に説示したごとく、会社が申請人に対する昭和四三年一二月一九日付の解雇の意思表示を撤回した以上、申請人は会社の従業員たる地位を右解雇の意思表示があつた当時に遡及して回復し、引き続きその地位を保有していた効果を生ずるものというべきである。そうすると、会社と組合ないし申請人との間において、前示事前協議約款の適用をとくに申請人にかぎり適用を除外する旨の明示または黙示の合意があれば格別、そのような事情の存在が認められなければ、その適用があるものといわなければならない。前示疎甲第五号証によれば、前示合意の成立した昭和四四年一月一〇日の時点において会社が申請人を解雇したいとする意向をもつていたことは認められるが、その事実をもつてしても事前協議約款の適用除外をする趣旨の合意があつたものとみることはできないし、他の証拠を精査してみても適用除外に関する明示または黙示の合意の成立したことを認めうるものがないため、被申請人の前示主張は失当たるを免がれない。

よつて進んで申請人に対する当初の懲戒解雇の意思表示撤回されたが昭和四四年一月一一日より同年同月二〇日の本件懲戒解雇の意思表示がなされるまで、会社と組合との間で申請人の解雇問題に関して、どの程度の協議が行なわれたかについて審案する。疎甲第三四、四八号証および疎乙第二、第四、第一七、第二四、第四〇、第四二号証を総合すると、会社と組合とは昭和四四年一月一四日午後二時より五時半まで(三時間半)、同一六日午後二時より五時まで(三時間)、同一七日午後二時より六時まで(四時間)、同一八日午前一一時より午後〇時三〇分まで(一時間半)、四回にわたりかなり長時間にわたつて団体交渉を行なつたこと、右団体交渉においては会社従業員の労働条件などに関する議題も討議の対象とされたが、少なくともその二分の一程度の時間は申請人の解雇問題についての討議に費やされ、会社側では申請人を解雇する正当事由の存在を主張し、組合側は解雇意思の撤回を要求したが、ついに双方の主張が平行線をたどり妥結するにいたらなかつたことが認められる。右の事実によると、会社は申請人に対する本件解雇の意思表示をするに際して、その事前に組合との間で社会観念上相当と認められる程度の協議を実施したものということができる。したがつて、会社が本件解雇に際し事前協議約款に違反したとする申請人の主張は理由がない。

三、次に申請人は、会社の申請人に対する本件懲戒解雇の意思表示は、会社と組合との間に締結されたいわゆる解雇同意約款に違反するものであるため、右解雇の意思表示は無効であると主張するので、これについて判断する。

前項において認定した事実および疎甲第五号証、第六号証の一、二、第三四号証、第三七号証の一ないし三、第四六、第四八号証ならびに疎乙第二四、第四〇号証を総合すると、前示のとおり昭和四四年一月一〇日に行なわれた会社と組合との間の団体交渉の席上で双方が討議を重ねた結果、第一ないし第三項で申請人に対する昭和四三年一二月一九日付解雇通告は撤回するが、スピンクに対してその旨を報告し説得する関係上、右撤回は翌一一日正午より三〇分間行なわれる団体交渉の席上でこれを行なうとしたほか、第四項で申請人を解雇したいという会社の意向は現在も変つていない、「この会社意向は今後会社と組合間で充分話合を深め双方納得した時点で決定する」旨の合意がなされたこと、ついで翌一月一一日に行なわれた団体交渉の席上で会社より申請人に対する昭和四三年一二月一九日付解雇通告を撤回する旨の意思表示がなされるとともに、前日成立した合意第四項については昭和四四年一月一八日正午までに解決したいとの会社の意思表示があり、組合もこれに同意し、右当事者間でその旨の確認書が作成されたこと、右約定は会社、組合の双方で申請人の解雇問題を昭和四四年一月一八日正午までに解決するためあらゆる努力をする趣旨のものであることが認められ、右認定に反する疎乙第二、第三九号証は前示証拠にてらしたやすく措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定にかかる事実によると、会社は依然として申請人を解雇したい意思をもつているが、申請人を解雇するについては会社と組合との間でその事由を十分に討議し相互に他方の主張を理解したうえ、双方納得し了解点に達した時点で解雇するか否かを決定すべく、その終期は一応昭和四四年一月一八日正午までとし、それまでの間に最大の努力を重ね事態を円満解決するように努める旨の約定をしたものとみるのが相当である。

すなわち、右約定は申請人の解雇に関しては組合の同意を要するといういわゆる解雇同意約款にほかならず、昭和四四年一月一八日正午までというのはその努力目標たる意味をもつにすぎず、該時期の経過により同意約款が当然に失効する趣旨のものとは解せられない。被申請人は、いわゆる解雇同意約款たるためには、明文上「組合の同意を要する」旨の文言が使用される必要があり、またそれは特定の個人に対するものではなく、組合員全般に通用する約款であることが通常であり、それが解雇同意約款の本質的要素であるなどと主張するが、所論は独自の解釈であつて、当裁判所の採らないところである。

ところで、申請人に対する本件解雇につき組合と会社との双方で了解点に達せず、その他該解雇に対して組合が同意を与えていないことは被申請人の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。そうだとすれば、会社の申請人に対する本件懲戒解雇は解雇同意約款に違反する違法なものであり、かつ、それは無効であると解すべきであるから、右懲戒解雇の意思表示はその効力を生ずるに由ないものといわねばならない。

四、前項に認定したところによると、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求める申請は理由がある。また申請人が会社に勤務することによつて支給される賃金は前月二一日より当月二〇日までの分を当月二五日に支払われる定めであり、申請人の賃金額が一か月一一万円(公租公課などを含む)であることは当事者間に争いがなく、申請人が労働者であり会社から支払を受ける右賃金をもつて生活を維持しており、その支払を受けられないときは生活に困窮し著しい損害を蒙るものであることは疎甲第二六、第三五号証によつて容易に認められるところである。ただしその終期は本件についての本案訴訟の第一審判決の云渡があるときまでとするのが相当である。けだし、申請人が本案訴訟を提起し第一審判決において賃金請求が認容されるときは仮執行の宣言が付せられるのが一般であり、もし仮執行に担保が条件とされており申請人がその担保を供与できないとき、または仮執行の宣言が付せられなかつたとき、仮執行の宣言が付せられてもその執行が停止されたときには、その時点で改めて賃金支払の仮処分を申請すれば足りるのであるし、他方、被申請人が本案訴訟を提起し第一審判決でその請求を棄却されたならば、同じくその時点で賃金支払の仮処分を申請すれば足り、申請人の求めるごとく本案判決確定にいたるまで賃金の支払を命ずる必要を認めがたいからである。

五、よつて、本件申請は前項に説示した限度において被保全権利および保全の必要性について疎明を得たから保証を立てさせないで、主文第一、二項の仮処分を命じ、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡垣学)

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